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昔の資料

今日は実家に行って来ました。散歩に出る時、ごろごろ・・・と雷が聞こえていたのですが
途中豪雨となってきたので 駅で待機することに。

心配そうなランちゃんです。





駅で待機中 ずっとしっぽは この状態。
雷が怖かったんでしょうかねえ。





結局雨はやまず 母さまに迎えに来てもらいました。





母さまが 亡き祖父母の部屋を片付けていたら 貴重な紙財産?が出てきたのねー
ファイルにはさんであるいろんな用紙の数々。

明治時代のものから 読めないような難しい文章やらね。
徴兵制度?の説明の用紙は ほえーーーだった。

いわゆる「甲・乙・丙」ってありますが それについての説明が書いてあったり
どこの地に配属になるのかなど。弘前だの盛岡だの 出てきましたね。
祖父個人に宛てた文書ではなくて いわゆる説明書って感じ。

それと うちの祖父も父も 鉄道職員だったのですが 
祖父の時代の月給を告知してる用紙が何枚かあり 
最初は確か30円くらいからスタートしていました。
それが 着々と増えてきて 60円になってましたよ。

さらにおもしろい資料?と思ったのが 祖父がお金を貸してたようで
それに関する借用書?らしきのが出てきたのですよ。

昭和33年の夏くらいかな。ある人に祖父が10万円を貸したらしい。
たぶん職場の人みたいで、保証人を2人たてていて その人の名前やハンコもあった。

で、返済期日は 数か月後。年内に完済する計画のようでしたね。
利息は月5分という表記でございました。

なんだけど結局はその方、なかなか計画通りに返済が進まなかったようで
返済が遅れます。申し訳ございません。という言い訳の手紙が10枚近く入ってた。
それを祖父が きちんとまとめて綴じてあってねー

毎回1万円くらいづつ返済してもらってたようで そのたびに日付を記載し
残○万円と残高も書かれてあったのですな。

残り3万円のところまでは記録がありましたが 昭和42年を最後に
その言い訳の手紙も 入金の記録も途絶えていましたね。

昭和42年というと 私も生まれていて 1才になるかどうかのあたり。
なのでもうケリをつけることにしたのかな。どうかな。
どうやら担保だった畑をもらった?らしいです。

返済が遅れることについての言い訳は

「今日返済しようと思いましたが 何かと出費が多くなりできません。」とか 
「手当が今日出るはずだったのが 出なくて払えません。」とか
度重なってくると またかよーーーって感じでしたね。

まあそれでも 文書で連絡よこしていたってのは 真面目さもあるのか。
祖父も どんな思いだったのかねーと想像して なんだか妙な気分ですね。

昭和33年のうちに返す予定が 10年近く遅れたとはねえ。
でも全額とんずらっていうケースもあったかもしれないし 
そんなのに比べたらまだましか。

それにしても よく保存してたよなあ。
確かに 几帳面な祖父だった記憶はあるんですけど。


祖父は すでに他界して20年以上たちます。
借りたお方も まさかそんな長いこと自分の借金の記録が保管されていようとは
思ってもみなかったでしょうね。
嫁や孫に見られちゃいましたよ。今さらですけども。。。

タンスの中探したら また貴重な歴史的資料が出てきたりしてねー

| 今日のできごと | 23:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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